東京高等裁判所 昭和31年(ラ)181号 決定
裁判所が行政処分の執行を停止するのは、当該処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるための緊急の必要があると認められる時でなければならない。よつて先ず本件の場合がこれに該当するか否かにつき判断する。抗告人等が本件免職処分の執行に因つて生ずる損害として挙げるものは、要約すれば次の二点に帰着する。
(一) 六郷町選挙管理委員会が現に処理している同町の町長解職請求の手続が遅延し同委員会の事務は適正を欠くに至り同委員会の運営は頓坐し延いては町長解職請求手続が無効となり、民主的な町政の運営を期し得られなくなること。
(二) 抗告人等はその名誉信用を毀損せられ、且つ委員としての報酬が得られなくなり、その他個人的に有形無形の損害を被ること。
ところで、行政事件訴訟特例法第十条の規定による行政処分の執行停止は、訴訟を提起した者が、終局判決の確定する迄の間に処分の執行に因り損害を受け後日勝訴の確定判決を得てもその損害を償うことのできない場合を救済するための制度であるから、その意図するところは、本案訴訟におけると同様、処分の相手方の保護に在つて、これを超えて国又は公共団体における政治の円滑、行政の適正等を直接の目的とするものではない。もし処分の相手方の保護のためではなく、直接に公益擁護、行政の運営の保護等を司法作用によつて行わなければならない場合には、特に法律を以てこれを規定するのを常とする(例えば訴訟の場合における地方自治法第百七十六条第二百四十三条の二等)。市町村選挙管理委員の免職については、法律にかような特別の規定は存しないから、本件の場合前記法条にいう損害とは、処分の対象たる抗告人等個人について生ずる損害に限るものと解すべきである。抗告人主張の前掲各損害の内(一)に掲げるものは、仮にそのような損害を生ずるとしても、いずれも国又は公共団体について生ずる政治的又は行政上の損害であつて直接個人としての抗告人等について生ずるものではない。抗告人等がこれらの事項によつて不利益を感ずることがあるとしても、それは町公民としての地位に伴うもので、個人として被る損害には当らない。従つてこれらの損害を被るとしても、これを以て当該処分の執行を停止する事由となすに足りないものである。
次に前掲(二)に挙げられた損害は正に抗告人等個人について生ずる損害であるから、これを以て執行停止の事由となすことができるか否かについて判断を進める。抗告人等は本件免職処分により名誉信用を毀損され償うことのできない損害を受けると主張する。懲戒免職処分により或る程度名誉信用の傷つけられることは通常免れないところであるが、その総ての場合に処分の執行を停止することは法の意図するところとは考えられない。通常の場合これに因る損害は、本案勝訴の確定判決を得ることにより、又は更にこれに加えて金銭による補償を受けることにより、償われるものと考えることも必ずしも過当ではなく、かような場合は行政事件訴訟特例法第十条にいう償うことのできない損害には該当しないものと解するを相当とする。本件において、抗告人等に対する処分の告示が、地方自治法の規定により抗告人等の職を免ずる旨六郷町長の名を以て掲示場に掲示されてなされたことは認められるが、特に抗告人等に通常の場合と異り、償うことのできない異例な損害を被らしめたものと認めるに足りる資料はない。又抗告人等は、本件免職処分の結果委員の地位に伴う報酬が受けられなくなる等、その他個人的に有形無形の償うことができない損害を被ると主張する。記録添附の原審における抗告人等審尋調書によれば、抗告人小林清造は委員手当として年額二千五百円の報酬を支給されることとなつているが、予算の関係上現実には未だこれを受領せず、抗告人斎藤道哉は全然報酬を受領していないことが認められるので、この程度の報酬は抗告人等の場合、例え一時その支給を受けることができないとしても、これによる損害は将来もし本案勝訴の確定判決を得た場合には、これを償うことのできることは明らかというべく、その他本件免職処分の執行により抗告人等に償うことのできない損害を生ずることを認めるに足りる資料は存しない。
(斎藤 坂本 小沢)